生野学園についてその思い
男子 父 (親の卒業文集より)
 
 一人の人間が育っていくことは、 なんて大変なことだろうと思います。

 ひとりひとりがちがうことが前提条件ですので、その教育は、また、一人ひとり違ってあたりまえのはずです…。
 しかし、この当たり前のことが、今の日本の教育システムには、入っていません。あまりにも強い「社会側の要請」として、いかに効率よく「社会に役立つ」人を育てるかという視点で教育が行われています。一方、教育を受ける側も、いかにいいところ:大学に行くための教育を受けられるかという視点で学校へむかう結果、両者の利害が一致したところで、いまの教育が行われているように思われます。つまりは、現行の学校制度は効率よく一連の学力レベルを訓練することを目指している、非常によくできたシステムのように思われます。その結果、その目的に合わないものは、その枠組みから取り残されるようです。
 人が育つこと、そして、人が人同士のかかわりをたもつこと、こうして人が生きていき、社会そのものが成熟するために必要なプロセスはどこにあるのでしようか?
 かつての日本、高度成長期以前にそうであったように、まだ子供同士の社会があったころは、学校以外の場でも、社会全体として、人を育てる場がいっぱいありました。里山を中心とした自然の中で、子供たちも独自のコミュニティのなかで小学年の低学年から高学年まで学校も学校以外でも場があり、近所の怖いおじさんや、けっこううるさいおばちゃんや、その上に、おじいちゃん、おばあちゃんがいる、ご近所共同体とそれとしっかりかかわる家族などの多様な場がありました。そこでのかかわりにより、結果として、人を育てる仕組みがあり、様々な人との触れ合いの中で、人は育っていったように思います。サザエさんや水戸黄門の世界ですね…
 いまは、子供たちにとって、だれでも同じような一本道だけが用意されています。その枠組みに乗ることが出来さえすれば、過ごすことは決して大変でなく、うまく、適応すれば逆に楽ちんに過ごせる仕組みがあります。でも、そこには、それ以外の選択肢がないという大きな落とし穴があります。かつてのように、いろいろな人や生活に触れていることがあれば、経験として対応できますが、ほとんど純粋培養のようにそだってきた今の子供。その結果は、実社会に出て、温室から出てむき出しの社会に出た途端、本当は、昔であれば些細なレベルでの、引っ掛かりやトラブルなどが起こり、すこし、外れるだけで、進むことが困難となってしまう、そうした若い方がいかに多いことか…。
 もちろん、今の教育システムをすべて否定するものではありません。それに合う人もいます。 しかしならば、 すべてのひとにあうワンパターンの教育はないのではないでしようか?
既製服スタイルの教育には限界であることも間違いありません。
 生野学園は、そうした中で、日本における教育システムでは、非常にまれな、奇跡に近い存在だと思います。まず、その生い立ち。おやごさんと子供に係る教育に携わる方の力によって生み出されたこと。その作り方、こども、おや、そしてスタッフとその関係者との関係の中で育っていきました。バックヤードには医療関係の専門家のバックアップがある仕組みもあり、シンプルですが強力な教育システムがあります。
 ひとをそだてようというよりは、親も子供もスタッフも、自分で育とう、自分も育ちたいというエネルギーとそのバランスにより生野学園という「場」が存在しているとおもいます。もちろん、生野というその土地とそこに住まう人たちも大事な「場」です。そうした場は、かつての日本が持っていたよきもの、いまは、失われたものです。
 そうしたこともあり、昔の良き時代を知る私たちから見ると実は大変うらやましいと思いがありました。その一方、大変だなあという思いもあります。現在の教育システムという楽ちんな敷かれたレールでなく、自分で自分の道をつけながら生きていくことを探していくことは、楽しいことながら、実は大変なエネルギーのいることだからです。でも、これは、実は人として育っていくときにすべき、当たり前のことです。
 だから思います。生野学園ですごせる時間をもてたひとは、親にしても、子供にしても、これから生きていくことの一つの「道しるべ」を得るために、たいせつなときを持てたということを。
 だから、
ありがとうございました。
 これが、親として生野学園を卒業していくときに残していくことばであり、
これからよろしくお願いします。
 これが、これから生野学園を卒業して、あらたなかかわりをもつ私たちがあずけていくことばです。
 
 これからも、この奇跡のような教育の「場」が、存在続けることは、じつは、そこにいるスタッフや関係者だけでなく、卒業生、そして、卒業した親たちの務めのような気がします。